スポンサーサイト

  • 2018.11.15 Thursday

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 0
    • -
    • -
    • -

    お盆休みの映画鑑賞

    • 2015.09.12 Saturday
    • 01:49
    暑い夏でしたね。お盆休みは、ぼ〜んぼ〜んと過ごしてしまいました。去年家内と「来年の夏休みも南三陸に来ようね」と約束したのですが、あれこれ日程が合わず、今回は「キラキラうに丼」はお預け。

    そんなわけで、夏休みは家族でお墓参りやらサイクリングやら、日帰りメニューで過ごしましたが、中で一日は映画鑑賞。「日本のいちばん長い日」を、家内、末娘ともども観に行きました。夏は終戦ものだし、僕は「海軍少年」だったし、家内もカフェで「平和」を話題に「しゃべらん会」なるイベントをやったりしているし、良い選択でした。

    と思ったのですが…。家内も娘もあまり感情移入できなかったようです。一方、灰色と肌色の頭が目立つ館内からは、すすり泣きが…。僕もハンカチですよ、もちろん。敗戦による国家の存亡という危機管理に命を懸ける人たちの姿は、崇高です。そして彼らを支えきる家族の人たちも。

    作品としては終戦の裏面史解読的なドキュメンタリー性の強いもので、「永遠のゼロ」のような物語風に仕立てられたものではないので、60年代生まれの家内や大学生の娘と言いった世代の関心を引ききれなかったのかもしれません(ジャニーズも出演していないし 笑)。それに戦後70年、戦争というものの実感が薄れているのも事実だと思います。僕の世代までは、自身や父母兄弟が疎開、空襲、召集といった体験をした人もたくさんいて、家族の会話でそんな話を聞く機会も多かったと思います。でも時代が下るにしたがい、家庭で戦争の体験談が語られることも少なくなってきているのでしょう。過酷な戦争体験を持つ僕の両親も鬼籍に入って久しくなります。

    でも、第二次大戦後の70年間、国土が戦争に見舞われなかったことに狎れてはいけないと思います。戦争はいつでもどこでも起こりうることは歴史が証明しています。そして勝敗に関係なく、戦争の当事国にとって戦争の最大の被害者は自国民であることも、例外はありません。戦争は異常事態です。日々の仕事も自らの人生設計もそして家族の将来設計も、世の中が正常に機能していればこそのものです。元寇と第二次世界大戦以外に日本本土が対外戦争の戦場となる経験を持たないこの国で、間接的にせよ戦争体験を受け継ぐものとして、年寄なりにメッセージを出していけたらと思った夏休みでした。

    スポンサーサイト

    • 2018.11.15 Thursday
    • 01:49
    • 0
      • -
      • -
      • -
      コメント
      我が国民が近代国家建設以来初めて味わった敗戦の日、1945年8月15日を旧制中学4年生の多感な少年として迎えた私ですから、今回の「店主の亭主の戯言」は大変に興味を持って読み、ご亭主は戦後の生まれなのに、どうして私と同じく「海軍少年」なのかなと不思議に思いながらも、そこに書かれている考えに少なからず共感を覚えました。
      ご覧になった映画、終戦の日を克明に描いた「日本でいちばん長い日」の原作者は、ご承知と思いますが、私が中学時代にその著作を読んで大きな影響を受けた文豪、夏目漱石の長女筆子と弟子の松岡譲との間に生まれた4女を娶った半藤一利氏であることから、この著書は勿論のこと、1967年の岡本喜八監督で阿南陸軍大臣役を三船敏郎が演じた映画も見ています。
       今回の原田真人監督のものも見たいと思ったのですが、最近とみに頭脳の老化と難聴が進み、科白の細かい点が理解しづらく、日本映画には字幕が付かないので残念ながら見送りましたが、その中に私の母校の横浜高等工業学校(現、横浜国立大学理工学部)の先輩である佐々木大尉(今回は松山ケンイチが演じているようです)始め、私が終戦の翌年に入学したときの1〜2年先輩と思われる学生のことも出て来ますので、殊更に興味を持ち、この佐々木大尉に纏わる事件について、一昨年ふとしたことからこれに付いていろいろと調べた上で「煙洲先生と佐々木大尉の叛乱」と題して25,000字程に纏めたものを何人かの身近な友人に提供もしました。
       近年、我が国が侵略に手を染めて周辺諸国に多大の迷惑を掛けた悲惨な満州事変以来の戦争の実態を、知らない世代が為政者も含めて多くなって来たことに、大変危惧の念を懐くようになって参りました。
       その様な現状を眺めながら昨年の9月9日に一般公開された「昭和天皇実録」に刺激され、昭和の始めに生を受けて、青春時代を満州事変以降の戦争の中で過ごして来たその貴重な体験をそのまま埋もれさせるのは誠に勿体なく、後世に伝えて行く必要があると考え、昭和初期の軍閥の台頭時代から敗戦およびその直後までの約15年間の貴重な実体験と、私自身の目と耳で直接捉えたその見聞を書き綴り、自分の子や孫を始めとして親しい友人や後輩たちに読んで貰おうと、今年の初めから書き下ろしながらメールで配送を続け、既に24回を数えております。
       そうした最中に、8月初めにはカフェ、ハートフルポートの「ざっくばらんにしゃべらん会」で「平和」をテーマに発言の機会を与えて下さり、有難いことと浅学の身を省みずしゃべらせて頂きました。
       昨今の激動の国際情勢を考えれば、平和を維持するのにこれまでのようにアメリカの核の傘の下でなどと単純に考えれば良いというものでないことは言われなくても判ります。さりとて直ちに軍備の拡充に頼るだけが抑止力と云うのもどうかと思います。これからも平和を愛し、世界の平和を維持するために、我が日本は、そして我々日本国民はどのように行動すればいいのかをじっくりと考える必要があると思うし、その為にも戦後も70年も経過したことで戦争も遠い過去となり、その実態を知らない若者に、戦争とはこれまでの平和な営みが一瞬にして崩れ、自らの人生設計も家族の将来の幸せも奪うものだと云う事を十分理解してもらう為にも、その実態を知って貰うことが必要だと思っています。
       今回このブログでご亭主の貴重なお考えを聞かせて頂き、意を強くし私の残り少なくなった人生を、未来に向けて手を携えて若者に戦争体験を語り継いで行きたいと思っています。
      • 柏崎 一男
      • 2015/09/13 11:32 PM
      コメントする








          

      PR

      calendar

      S M T W T F S
            1
      2345678
      9101112131415
      16171819202122
      23242526272829
      30      
      << June 2019 >>

      selected entries

      archives

      recent comment

      recommend

      links

      profile

      search this site.

      others

      mobile

      qrcode

      powered

      無料ブログ作成サービス JUGEM